学資保険イメージ

私の学資保険の使い道

私の家は昔からお金には厳しく、小学校時代はお小遣いすら貰っていませんでした。
鉛筆などの消耗品も、もうこれ以上使えないというぐらいまで使わないと買ってもらえませんでした。
服なども姉や親戚からのお下がりばかりで、買ってもらった記憶はあまりありません。
でも特別貧乏な生活だった訳ではなかったと思います。
父はサラリーマン。
母も日中はパートに出ていましたが、家は亡くなった祖父母の持ち家だったものを相続したので、住宅ローンがあった訳ではありません。
そんな私には小さい頃から夢がありました。
私は小さい頃にネフローゼ症候群という病気にかかりました。
この病気は腎臓の病気で、尿にタンパク質が流れ出てしまう病気で、原因不明でしかも再発しやすい病気でした。
私も病気になって以来、何度も再発を繰り返し、小学校時代は入退院の繰り返しでした。
とても苦しい闘病生活でしたが、小児科の先生は明るく私を励ましてくれたり、治療も一生懸命してくれました。
こんな病気の私でも治すために努力してくれ先生に憧れを持つようになり、いつか私も小児科の先生になって、病気の子供達を治したいという気持ちが芽生えていました。
中学に上がる頃には、ネフローゼ症候群の再発頻度は少なくなり、入院もすることなく投薬治療で乗り切れたので、学校にも通え勉強に力をいれられたので、高校は県内一の進学校に入学出来ました。
これで後は夢に向かって、医学部に入るために勉強をもっと頑張ろうとしました。
でも私は子供で何も知りませんでした。
医学部に入学するのは大変ですが、入学してからの学費が大金である事を知りませんでした。
家は普通の一般家庭です。
私は公立の医学部を受験しようとしましたが、公立は厳しいが、私立の医学部なら狙えるだろうと先生から言われてしまいました。
奨学金を借りるか、夢を諦めるか、本当に悩みました。
親にその事を相談したら、「お金の事は心配しなくていいから、私立の医学部を受験しなさい」と言われびっくりしました。
お金に厳しい我が家なのに、何故学費が高い私立の医学部に行って良いと言われたのかわかりませんでした。
しかし後から姉に聞きました。
私が小さい頃から医者になりたいと知っていた両親は、私の学資保険を普通よりも高くかけていた事。
それから学資保険の他にも進学資金を貯金していた事を聞きました。
だからあれほどお金に厳しかったのかと、理由を知った時は涙が出ました。
それからは両親に言われた通り、私立の医学部に無事合格する事が出来き、今は小児科医として働いています。

Copyright(C) 2012 子供のほけん.com All Rights Reserved.